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福岡高等裁判所 昭和62年(う)263号 判決

少年 T・O(昭43.11.18生)

主文

原判決を破棄する。

本件を熊本家庭裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人○○が差し出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用(編略)する。

所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑は重きに過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審記録に当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、本件は、被告人が、昭和61年6月19日、普通乗用自動車を無免許で運転して熊本市内の道路を走行中、警察官に発見されて免許証不携帯だと偽り、同行を求められて追従走行するうち、無免許運転の発覚を恐れて逃走を図り、更に右車両を無免許で運転し(原判示第1の2)、その際進路前方には先行車両が渋滞して連続停止していた当時の交通状況からして道路右側を通行することは対向車両との衝突等の危険が予想されるから、右側部分の通行を差し控えるべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、逃走を続けるため敢えて対向車線に進出して高速度で走行した過失により、接近している対向車を認めこれとの衝突を避けようとして右転把を余儀なくされて右側歩道上に乗り上げ、自転車で信号待ちをしていた女性2名に自車を衝突させて、うち1名に対し全治約7か月を要する右橈骨末端骨折の傷害を、他の1名に対し全治約174日を要する左大腿骨骨折等の傷害をそれぞれ負わせ(原判示第2)、かつ、被害者の救護等の措置をとらず、右事故に関し警察官に申告することなく逃走するとともに(同第3)、逃走のため約25メートルにわたつて右側通行をし(同第4)、右のほか同年3月及び8月の前後2回にわたり自動二輪車を無免許で運転した(同第1、1及び3)という事案であるところ、とりわけ6月19日の被告人の行為は、単に無免許運転による事故であるばかりか、著しく無謀な運転により生じた人身事故として、過失が極めて重大であり、2名に重傷を負わせた結果も相当重大であつて、歩道上にいた被害者両名に落度は全くなく、かつひき逃げをともなう点において、犯情は甚だ悪質であること、これまでに度々検挙されながら無免許運転を繰り返していたこと、被害者らに対し十分な誠意を示しておらず、示談もいずれも未成立であり、そのための努力も不十分であることなどの点に徴すると、被告人の本件刑事責任は重大であり、したがつて、被告人を懲役10月以上1年6月以下の実刑に処した原判決の量刑は、必ずしも首肯できないではない。

しかし、本件各犯行当時、被告人はいまだ17歳であつたところ、被告人は11歳で父親を失い、以後母親が夜間飲食店で働いて生計を支えている状況にあり、被告人に対する母親の監督も行き届かない生育環境に置かれてきていたのみならず、被告人は現在18歳の年長少年であるとはいえ、なお知的にも社会的にも未成熟なところを残していることが法廷の供述内容、態度からも顕著に認められるのであつて、昭和61年8月の無免許運転の後は、現時点まで格別違反なく経過し、被告人なりに反省、後悔している面も一応見られるものの、本件後もほとんど職に就かず、夜昼となく友人と遊び暮らす生活を継続しており、社会人としての基本的な生活習慣や生活態度を全く身につけることのない状態のまま今日に至つていることが、当審で取り調べた少年調査記録及び被告人の当審公判廷における供述等から明らかであり、他面、被告人は、自動二輪車の窃盗及び度重なる無免許運転の非行があつたのに、約半年間保護観察処分に付されたことがあるにとどまり、家庭環境、交友関係、生活態度、行動等に相当問題があり、これが本件各犯行にもつながつていた面が多分に認められるにもかかわらず、これまでのところ少年鑑別所における心身鑑別を受けたことすらなく、少年保護手続において十分な指導、援護の措置がとられていたものとはいいがたいことに徴すると、保護処分により被告人の更生を図る余地はなお十分あるものと認められる。

右のような被告人の資質、境遇、生活態度、保護処分歴、とりわけ本件各犯行時の年齢などを総合考慮すると、被告人の更生を図るためには、基本的な生活習慣、生活態度を身につけさせることが肝要であつて、施設内における矯正教育を施す必要のあること自体は否定しがたいところであるが、そのためには刑務所に収容するよりも少年院での収容教育を施すことの方が適切であると思料されるので、そもそも検察官送致の決定が相当でなかつたと考えられるところであり、本件事案が悪質、重大であるとはいえ、事件を家庭裁判所に移送することなく、被告人を前記の実刑に処した原判決の量刑は、重きに過ぎ不当であるというべきである。論旨は、結局理由がある。

よつて、刑訴法397条1項、381条により原判決を破棄し、同法400条但書、少年法55条により、本件を熊本家庭裁判所に移送することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 小出錞一 谷敏行)

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